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国王 / モロッコの歴史

国王について モハメッド6世国王陛下

モロッコの国王陛下モハメッド6世はアラウィー朝の子孫であり、イスラムの預言者シドナ・モハメッドの娘ラッラ・ファティマ・ゾーラを通じて預言者モハメッドにつながる血縁にあります。

13世紀半ばより、王家はモロッコ南部のシジルマサに移りました。国王陛下モハメッド6世は17世紀に起源をもつアラウィー朝第23代の国王です。

国王陛下モハメッド6世は故国王陛下ハッサン2世の息子として1963年8月21日にラバトで誕生しました。国王である父の意向により、4歳から王宮のコーラン学校に学び、1973年6月28日には初等教育を優秀な成績で完了しました。中等・高等教育はロイヤルカレッジで修め、皇太子は1981年にバカロレアを取得しました。大学はモハメッド5世大学を卒業し、1985年、皇太子シディ・モハメッドは法学部学士号を取得。卒業論文のテーマは「国際関係におけるアラブ・アフリカユニオンおよび王国のストラテジー」でした。1987年に政治学に関するFirst Certificateを取得し、1988年には公法に関するSecond Certificateを取得しました。

故国王陛下ハッサン2世の方針により、皇太子はブリュッセルの欧州経済委員会の委員長、ジャック・ドロール氏のもとで法務等を実践的に学びました。国内、アラブ諸国、イスラム諸国、アフリカ諸国、国際関係等、皇太子は幼い時から様々なミッションを様々なレベルで実践することを父から指示され、国内外の多くのカンファレンスに出席しています。

1974年4月6日には初の公式なミッションとして国王陛下ハッサン2世の代理としてパリのノートルダム寺院でのジョージ・ポンピドゥー仏首相の葬儀に参列しました。1985年11月26日、軍総司令部に配属されました。また、1993年、皇太子はフランスのニース・アンティポリ大学で法律の博士号を優秀な成績で取得。論文のテーマは「欧州経済委員会とアラブ・マグレブ・ユニオンとの協力」でした。

1999年7月23日、ラバトの王宮において、国王モハメッド・イブン・アル・ハッサン・ベン・モハメッドとして即位し、同年7月30日に即位式が行われました。

2002年、7月12日に結婚。ラッラ・サルマ王妃との間に、皇太子ムーレイ・ハッサン(2003年5月8日誕生)と王女ラッラ・カディージャ(2007年2月28日誕生)がいます。

歴史

モロッコは数多くの遺跡が示すように、有史以前のごく初期の段階から人類が居住していました。モロッコに人類の足跡が見られるのは旧石器時代前期です。その時期に、リビコ-ベルベル族が北アフリカを支配する民族として出現しました。その後、8世紀にアラブ人が侵入するまでに、フェニキア人、カルタゴ人、ビザンチン人、ローマ人、ヴァンダル人がこの地域に到着しました。

紀元後、788年イドリスI世がメクネス近くのヴォルビリスで国王即位を宣言して以来(アルフレッド大王がウェセックス王国の国王となったのは100年近く後のことです)、モロッコは独立国家として存続してきました。

ここにモロッコ王国の発展を示す、いくつかの歴史的・政治的出来事をご紹介します。

  • 紀元前2500年 モロッコにおける人類初の旧住跡
  • 紀元前1200年 フェニキア人がルクサス港
  • 紀元前600-146年 カルタゴ人がメリラ、ティンジス(タンジール)、アシラに港を建設。
  • 紀元前42-紀元後680年 ローマ人がセウファ、ティンジス、サラ及びボルヴィリスを占領。
  • 668年 アラブ人によるモロッコ征服が始まり、イスラム教がもたらされた。
  • 710年 タリク・イブン・ジャドがスペインとヨーロッパを征服した。
  • 740年 モロッコ人が新しい宗教であるイスラム教に改宗し始めた。
  • 788年 イスラム教徒による初めての王朝であるイドリシード朝がフェズに創設され、(イドリスII世による世界で初めての大学が設立された)その後、アルモラヴィド、アルモハード、メリニード、サーデインの4王朝が設立された。
  • 1664年 現在モロッコを治めているアラウィ王朝の創設。(ムーレイ・イスマイル王により、メクネスに創設。)
  • 1912年 モロッコはフランスの保護領となり、且つスペインの委任統治下におかれる。
  • 1923年 タンジールが国際都市となる。
  • 1927年 モハメッドV世国王が王位を継承する。
  • 1956年 モロッコ独立。
  • 1958年 タルファヤ州の復帰
  • 1961年 ハッサンII世国王が父王モハメッドV世の死去後、王位を継承。
  • 1969年 飛び領土であったシデイ・イフィニーがモロッコに返還された。
  • 1971年 住民投票による新しい憲法の採択。
  • 1975年 モロッコ王国南部の州が返還される。(西サハラとして知られている。)
  • 1999年 モハメッドVI世国王が王位を継承する。

王国統合の歴史

1956年にモロッコは独立を勝ち取りましたが、王国の広範囲な部分がスペインの統治下に残されました。モロッコは王国として完全な状態への到達点に向かって進みつつあります。

  • 1956年 モロッコの独立、タンジールの返還。
  • 1958年 タルファヤ州の回帰。
  • 1969年 飛び領地であるシティ・イフィニーの返還。
  • 1975年 王国南部の州の返還。

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